確かに数奇な運命だが、予告編から想像できる展開とは違い、 主人公クルトは事実を一切知らないままなのだ。 ありがちな展開は、クルトが叔母の行方を調べ、 何かを見つけて義父カールとの関係を突き止め、 カールへの制裁が下るというものだが。
恋人どうしから夫婦になったエリーの前でさえ、 クルトは叔母エリザベートの話を一度も出さない。 エリーのことを本名エリザベートと呼ばず、 個展で叔母の絵について記者からの質問にはさらっと嘘をつく。 彼は目をそらさなかった出来事を受け入れ、心の中に閉じ込め、 今を生きる青年のようだ。それは 純粋な笑顔と時折寂しげな瞳の 寡黙なクルトの印象に違和感はない。~「コーヒーをめぐる冒険」の彼だが、なぜか歳をとっていない~
クルトは成功した個展の後に過去の叔母と同じ行動をとる、 エンディングまで 言葉にしない、誰にも話さない形での 心理描写は、間接的に主人公の人物像が掘り下げられる。
そういう点も 主人公が画家であるから、アートの内面的で、 それは映画として決して独特でわかりづらいタイプのものではなく。
~フランソワ・オゾンの Frantz 以来 目にするようになった 正統派な印象のパウラ・ベーアであったり~意外と今作ヌードシーンが多いのだけど、内容的にも美しく、 これもテーマの1つにアートがあると思えば 意外でもないのかもしれない。
義父カールについては、ここまで迫っている状態で、 動揺を見せるが、カール本人以外に気づいている人はいない。~ ドイツ映画以外でも出演を観かける彼が珍しく悪役で~複雑な面も観せるが、カールについてクライマックスに持ち込まないという..。
東西ドイツの世相、東ドイツのアートスタイルや 西へ移ってからもスランプとなり苦悩するクルト、 美術学校の教授の人生論、義父との確執と生活のための労働、そんな中で 愛する妻エリーとの信頼関係は深まるばかり、 西ドイツの美術学校の仲間たちとの友情、 時間をかけて画家として頭角を表し、希望が観える、 主人公クルトの成長のストーリーでもある。
このジャンルの映画にして3時間は珍しい。丁寧に描かれ、 オーディエンスに明らかにすることを 敢えて劇中 核心に触れず、縁を通って観せることにより、 サスペンス要素は消え、重厚なヒューマンドラマになる、逸品。